答えは見つからない、が答え!

昨日はヨガに行ってきました。

楽しかった!

続けたい!というパッションは(まだ)ありませんけれど、楽しかった!

それで良いかな。

また行こうと思っているけれど、他の先生の他のヨガもやってみたい!

そして行きたい時に行けばいっかーみたいな、そんな感じ。

 

ところで、去年辺りにこんなことがありました。

「怖がりだね〜」と人から言われて、「そうですよね〜」と妙に納得して、

以来、「私、怖がりなんで!」とばかりに生きてきてみたけれど、

最近、「実はそーでもないんじゃない?」ってことがわかってきました。

 

だって怖がりだったら、

一人で三ヶ月もメキシコへ行かないし、イギリスへも来ないでしょうよ。

じゃ、私の「あ!私って怖がりだったんだーってのを認めりゃ言い訳ね?」

っていうね、気づき?あれは一体何だったのでしょうか?

 

でね、ハッとしました。

 

私は、自分探しと称して、本当の私を探していた時、

もう、分かったのか分からないのか、

とにかくよく分からないものなのだということが、

よーく分かったものの、

一旦やり始めた自分探しのプロジェクト、

一体どうやって終えりゃ良いのか分からなかったのです。

 

そう、私は結論を探していました。

「あ、なーんだ、私怖がりだったんだー!チャンチャンッ」みたいな感じ。

 

そうです。早く結論にたどり着いて、この自分探しとやらをやめたかったんですよ!

だって、答えは見つからないんですから。

というか、それが結論だったんですよね。

 

今でも「怖っ!」てなる時、あります。人間ですから!

でも、それは「痛っ!」とか、「怒っ!」とかと一緒で、メッセンジャーであって、

それ自体にそれほど深い意味はないのです。

 

例えば、私が怖いと感じることは、

「それほどやりたくないのに、やらないと損かも」みたいに、

純粋に自分がやりたいか、やりたくないかだけで決めようとしていない時、

他の人のジャッジメントが入ってる時なんです。

そりゃ、怖いわ…。っていうね、ツッコミがもれなく入りますよ〜。

 

だってね、私は本当にやりたいことなら、

たとえそれがバンジージャンプ(はやりたくないけど)であろうとも、

火星に移住(はしたくないけど)であろうとも、

どんなに突拍子のないことでも、

確実にやってます。

怖いとか感じながらでも、怖いと感じる前にでも。

なぜならそれが私だからです。

 

これ、人によってスイッチが違います。これはあくまで私の場合です。

あなたのスイッチは何でしょうね?

 

 

 

 

 

 

(イギリスの面白いところ。ローカルな場所を歩いててもたまに「おおっ!」って目を引く古い荘厳な建物に出会うこと。これはその昔銀行として使われていた模様。おしゃれなパブとかになりそう。)

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