RIP ギュスターブ・メッツジャー

今朝のオノヨーコさんのツイートで知って、そうかそうかとちょっと寂しい気持ちで頷いている。
彼とは、私のゴールドスミスでの卒展で知り合った、というかすごく親しくしていたとかじゃなくて、私のTime Capsuleという作品に興味を持ってくれて、それがきっかけで2、3度お目にかかったことがあるのです。

ギュスターブ・メッツジャーは、いつどこで会っても、小さくて細い体にめり込むような重そうなショルダーバッグと、スーパーのビニール袋を持ってた。卒展にもそんないでたちで現れて、私のインスタレーションの前で顎に手をやり、考え込んでる風な彼に声をかけると、「これ、君の作品かい?面白いね〜」と答えてくれた。

「このおじいさん誰だろ?」と思いながら、「ありがとう。よかったらお名前とメールアドレスをここに書いていってね」と伝えた。

そしたらおじいさん、チラッと私とノートを見て、「書いても良いけど、そのノートに書くのは嫌だ」と言って、自分のバッグから紙を取り出して書いてくれました。メールアドレスは無いからと、家電の番号と一緒に東ロンドンの住所をくれた。「作品について君と是非話しがしてみたい。」

その日は数名の方から、作品おもしろいねーって言われたけれど、「是非話したい」とまで言ったのはこのおじいさんだけだった。
不思議に思って、近くに展示してるコースメートに「こんなこと言われたよ〜」とギュスターブ・メッツジャーって知ってる?と尋ねると、「どっかで聞いたことがあるわ。図書館で調べてみたらきっと図録とか出てくるわよ。」と。

当時はワイファイとかスマホの時代じゃなかったので、図書館で検索してみると、出てくる出てくる。その時に、彼が子どもの時にホロコーストを逃れてロンドンへお兄さん、だったかな?と移民してきたことを知った。家族、親族全員をホロコーストで失って、ロンドンでアートをやり続けてるギュスターブ・メッツジャーが、なんで私の作品に興味を示してくれたのか、知りたくて、おじいさんの番号に電話してみることに。

1週間ぐらい、かけてみたけれど出る気配もなかったので、住所を訪ねてみることにしました。
こういうところ、すごく行動力あるな〜と自分で思う。とにかく、彼が私の作品に何を見たのか知りたくて、AtoZ(ロンドン生活必須だった地図帳)を片手に、おじいさんに会いにいったのでした。
「私、会いにいってくる!」と意気込む私に、友だちの一人が、「ねえ?大丈夫?おじいさんとはいえ、男なんだから気をつけなよ!」と心配してくれたのも思い出す。笑
そういう心配は全くしてなかったな〜。

今みたいにストリートビューなんてないから、当時は目的地に着くまで「どんな場所かわからない」というサプライズ感があった。
おじいさんの家は、ロンドンに戦後建てられたカウンシルフラットの一階だった。
今でこそ、ロンドンのカウンシルフラットのほとんどが普通のお住まいだけども、当時はカウンシルフラットといえば危ない、みたいな先入観があったので、ちょっとおっかなびっくりインターホンを押すと、ゴソゴソと音がして10センチほど扉が開いた。おじいさんの顔が見えたので、「こんにちは。私のこと覚えてますか?」ちょっとして思い出したおじいさんは、「ちょっと待ってて、今着替えて出るから。」

とてもスマートな紺色のシャツで出て来たおじいさんを見て、亡くなった祖父を思い出した私。
当時模擬試験が流行ってて、小学生だけど受けさされ、テスト会場へは祖父が迎えに来てくれることになっていた。祖父はパステルピンクのシャツにベージュのパンツ、いつも被ってるベージュのフェドーラに黒縁メガネでニコニコして待っててくれた。後から母に、「あんたが嫌がらないように、何を着て行こうか悩んでたよ」と聞いたことを思い出した。

そんなおじいさんに、作品のことでどうしてもお話しがしたかったのと、突然押しかけて申し訳なかったけれど電話しても繋がらなかったので尋ねることにしたんですというと、うんうん頷きながら、近くの公園に案内してくれました。そこの芝生でしばしおしゃべり。

これが不思議なんだけど、何を話していたのかまったく記憶にないの。
でも、私の卒論を読んであげようか?と言ってくれたのを覚えてる。是非読んでください!と言って、また卒論を渡す方法やタイミングについて話したけれど、結局うまくいかず、その後会えなかった。公園で話した後、近くのカフェに連れていってくれ、紅茶をご馳走になった。

なんか、当時の私のことだから、どれほど私がロンドンに残りたいかも話しただろうし、時間や記憶について考えてたことをつらつら言っただろうな。

その後ポーツマスへ行き、2年後ぐらいにロンドンのバスの中で彼をみかけた。
でも、なぜか勇気が出ずに目はあったけれど、話しかけられなかった。
きっと、卒展をやったころのパッションを持って生きてない感覚があった私は、そんな自分が恥ずかしかったんだろうな。


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