感情が持つ破壊力について

私が個人セッションで使うボディーコードの中にあるエモーションコードというツールは、感情のエネルギーを扱います。

大体、どんな文化でも、感情は次のように扱われてきました。

見て見ぬ振り。厄介なもの。隠すべきもの。コントロールすべきもの。恥ずべきもの。

例えば、すごく頭にきてる時、怒りですね、それを感じることよりも、「冷静になれ」だとか、「客観的になれ」とアドバイスされませんでしたか?

私も若い頃はずーっと、そうやって自分の感情を消化しようとしてきました。

そう、感情って管理コントロールができるものだと思っていました。しかし結果は、不可能でした。

怒りだけじゃありません。悲しみや恥という感情もそう。

どれだけ客観的に見ようとしても、冷静になれたとしても結局のところはバッチリ感じているんですよね。

つまり、冷静だとか客観的だとかによってカバーされてる(隠されている)だけで、感じてはいるんですよ。

この感じる、という部分は誰にもコントロールできないのです。
そのことに気づいてない場合、感じていないことになってしまい、それが囚われた感情やモヤっとした不信感として残るのです。

それらは積もり積もって、強固な壁を作り、やがて私たちを分離していきます。

ここでいう分離とは、孤立や(自分の存在を)異質なものであると感じる感覚のことです。

気がついたら、どんなに家族や友人同僚に囲まれていても、拭えない深い孤立感を味わっているのです。

例えば、自分だけ満たされていない気分はその孤立感からきています。
私がエモーションコードというツールを好んで使う理由がここにあります。

一般的な心理学の領域では、感情はあくまでも情報なんですよね。

つまり、感じているだけなら実害は無い。

例えば怒り。怒りを感じている間は、「怒ってるんだぞ」という情報にしか過ぎないというわけです。

それを行動に起こした場合、例えば怒りを暴力で行動として表現した場合に、その感情は初めて破壊力を持つことになります。

破壊力とは、何も物理的な暴力によるものだけではありません。

孤立感も、破壊力により起こされた状態です。
つまり、感情は作られた段階から十分ダメージ力を発揮しているのです。

なぜなら感情はエネルギーだからです。

感情だけに関わらず、すべてのものには振動数があり、それぞれに意識があります。

そのエネルギーは、存在し始めた時から静かに破壊を始めます。

誰に対して一番ダメージがあるかというと、それはその感情を生み出した本人に対してです。

エモーションコードに則っていうならば、その振動によって私たちの磁場や細胞に静かにダメージを与え始めるのです。

でも、これ(感情をコントロールしているつもりで感じていることを無視すること)をずーっと、うん10年もやってきている私たちは、もう絡まった毛糸の玉のように、もうお手上げ状態なんですね。

もったいないけど、と捨てて新しい毛糸を買ってはまた絡ませを繰り返していませんか?

または絡まった毛糸の玉を「そのうち解こう」とかいって置きっぱなしにしてませんか?

(私がゴシック建築に惹かれる理由は、この構造が感情の織りなすストーリー、宇宙と重なるから。ゴシック建築が全盛だった時代の職人さんたちってすごくクリエイティブなのは言うまでもありませんが、そのアートの中に、細やかで複雑な人間の感情が織り込まれてるんですよね。これはスペイン、アンダルシアのグラナダにあるアルハンブラかコルドバのカテドラルから。正確な建造物の名前や所在地は思い出せないけれど、あの地域はクリスチャンとイスラムのスタイルがレイヤーとなって残ってるエリアで、私は一時期とてもハマっていました。イギリスのゴシック建築はもっとコントロールされてる感じで、この建物みたく飲み込まれそうな感じはしないのも面白いところ。イギリスらしい。)


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